■ 素粒子物理学の今 
竹下 徹 (信州大学理学部物理科学科・高エネルギー物理学研究室教授 /長野県松本市在住)             21JAN.2009

 昨年のノーベル物理学賞は、3人の日本人に与えられ、素粒子物理学への関心がたいへん高まっています。この道の専門である本学の竹下教授に解説をお願いし、かつ最先端の動きについても書いていただきました。ビッグバンに始まる万物創成の謎に一歩近づこうとしつつあるようです。去る3月7日には、竹下先生のグループは松本市中央公民館で『サイエンスポット信州』と題した市民向けイベントも開催しています。会場は満席の盛況となり、関心の高さを伺わせていました。

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 2008年は日本の物理学にとって画期的な年でした。それは素粒子物理学の3人の理論研究者が30数年前におこなった理論の仕事でノーベル賞を受賞したことです。南部先生は、「自発的対称性の破れ」と言う概念で、また小林益川両先生は、「CP対称性の破れ」です。これらは当時の研究では超斬新なアイデアでした。これを30年以上かかって実験が証明して、アイデアが物理概念となった事が、認知されたのです。そのことに日本人が大きく関与していた事は、大変意義深い事です。

 特に小林益川理論は、CP対称性の破れを予言しました。加速器実験で既にK粒子の崩壊では見つかっていたので、その解釈をあたえました。その後続いて 発見されたbクオークでもCP対称性の破れが見つかりました。その結果、小林 益川理論は、我々の宇宙が物質ばかりで反物質がないことの定式化として一躍 大きな意味を持ちました。すなわち粒子と反粒子は完全に同じではなく、ほん のちょっとだけ、違った相互作用をする事が示されました。

 このアイデアは宇宙の始まりであるビッグバンで作られた同数の粒子と反粒子のうち、粒子だけが生き残った理由を理解できます。つくば市の高エネルギ ー加速器研究機構のKEKBという加速器は、この小林益川理論のパラメータを実 験で測定するために作られました。

 素粒子物理学は、今大きな転換期にさしかかっています。それはLHC加速器(CERN, ジュネーブ)の完成です。ブラックホールができて地球が飲み込まれ てしまうとは思えませんが、南部理論による対称性の破れを素粒子標準理論内 で体現するヒッグス粒子を見つけようとしています。そして、次のパラダイム への移行を意味するからです。

 素粒子物理学は、宇宙の始まりはどうだったのかという問題にアプローチしていますが、次のステップが目の前に迫っています。素粒子標準理論が究極の 理論であるはずはなく、次の止揚が実験で決まるからです。私はこの16年間 LHC実験の準備をしてきました。今やっと実験の始まりというタイミングを迎 えました。これからは興奮の連続となるはずです。

 一方こんなに長く準備をしていると、目標がぼけたり、何やっているのか分からなくなる事があります。また種々の問題点も浮かんできます。それを克服 すべく次の計画もたてています。素粒子物理学の歴史にも明らかなように、陽 子陽子衝突の加速器であるLHCは、高いエネルギー状態の実現は、容易で高い 質量にある粒子を生成する事にかけては、高い能力を持ちます。そこから多く の発見が生まれてきました。

 しかしこの加速器は、「全て」を知りたいという私たちを満足させられないかもしれません。つまり、存在するはずの「全部」は見えてこないかもしれな いのです。陽子は、その中にクオークを内在する複合粒子なので、衝突に寄与 する2つのクオーク以外の存在は邪魔になります。そこで我々は、点粒子同士 の対消滅実験というクリーンな電子陽電子衝突型加速器から学ぶことになりま す。

 しかし電子は円形加速器中で曲げ磁場のためにシンクロトロン放射を出して、エネルギーを失います。この放射は、物性や医学の研究に役立ちますが、より 高いエネルギー状態を人工的に作りだし、宇宙の始めにより近づきたい我々高 エネルギー研究者には困り者です。そこで今ではまっすぐな電子陽電子加速器 による衝突実験という線形衝突型加速器(ILC:International Linear Collider) 計画を推進しています。

 LHCの陽子陽子衝突の高いエネルギーと精密実験を得意とするILC電子陽電子衝突実験により、新しいパラダイムを開き、現在の素粒子標準理論を超える理 解へと進んでいます。それが超対称性理論なのか、はたまた。。。。。。。。 乞うご期待です。



●「信州大学物理同窓会」事務局●

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