[ 信大物理同窓会報0028号(2009年冬号) ]
2009年12月28日配信



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          ┃信┃┃州┃┃大┃┃学┃┃物┃┃理┃┃同┃┃窓┃┃会┃┃報┃    
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│田田田田田|          │★ SUPAA MAILMAGAZINE BULLETIN 2009年冬号 │ 
│田田田田田|            ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
│田田田田田|──┐■━━■編集・発行/信大物理同窓会事務局■━━■
│田田田田田|田田|             (http://www.supaa.com/) 
│田田田田田|田田|〒390-8621松本市旭3-1-1 信州大学理学部物理教室内
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 ■「旧文理学部物理学科」+「理学部物理科学科」OB&学生と教員の会■
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 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
  ○-- 年度末に開催される物理科学科の「学生顕彰」に  --○    ∩ 
  ○-- 当同窓会からも副賞を贈呈することが決まり、ま --○  ⊂○⊃
  ○-- た6階に同窓会の掲示板が設置されました。学生  --○    ∪
  ○-- 諸君の間に当会の存在が知られ、同窓会活動への --○   ∞l∞
  ○-- 参加者が増えることが期待されるところです。  --○   ∞l∞
     
      【 I ・ N ・ D ・ E ・ X 】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
◇ 第13回信州大学物理会総会について・・・第13回信州大学物理会総会 幹事
◇ 連載第6回【信州大学への追想】“あの日あの頃”
        「大学入試さまざま」 ・・・・・・・・・・・・・・・・宮地 良彦
◇ 「みすず刈る信濃の空に」・・・・・・・・・・・・・・・・・小林 善哉
◇ アメリカ横断自転車旅行 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 川田 達
◇ 近況そして物理教育の研究について・・・・・・・・・・・・・渡辺 規夫
◇ 退職に際して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・美谷島 實
◇ 事業仕分け 信大にも重大な影響・・・・・・・・信濃毎日新聞WEB版より
◇ ▼△ウィーン便り(3)△▼ ウィ−ンの日本食事情・・・・・ 大塚 直彦
◇ <再録>「同窓会費」は終身会費として1万円『会計細則』決まる!
◇ 編集後記

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   ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
  ┃第┃13┃回┃信┃州┃大┃学┃物┃理┃会┃総┃会┃に┃つ┃い┃て┃
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 信州大学物理会総会は原則として松本と東京で交互に開催(間に名古屋開催
を行った年もあります)してきており、2010年は東京での開催になります。
「物理会総会」では、年次総会、講演会と懇親会を行います。講演会では、明
治大学理工学部物理学科教授の松本節子氏(文理13回)にお話頂きます。

                             2009年11月18日

(1)開催日: 2010年5月29日(土)14:00 〜17:00  
       ※13:45から受付開始 総会:14:00〜14:30、
       講演会:14:30〜15:30、親睦会15:30〜17:00
(2)会場: 大手町サンケイプラザ(東京・大手町)         
            ( http://www.s-plaza.com/map/index.html )
            〒100-0004 東京都千代田区大手町1-7-2 Tel.03-3273-2257〜9
             ※JR東京駅 丸の内北口より徒歩7分
(3)講演会:松本節子氏(文理13回:明治大学理工学部教授)
(4)会貴:10,000円

  = 第13回信州大学物理会総会 幹事 = 

  三上浩佳(文理10)、杉山範雄(理学12S)、近藤一郎(理学12S) 、
  鳥塚潔(理学13S)、外山元夫(理学13S)

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             ┏━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┳━┓
   【信州大学への追想】┃“┃あ┃の┃日┃あ┃の┃頃┃”┃ 連載第6回 
             ┗━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┻━┛
                   ■ 大学入試さまざま ■
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            宮地 良彦(信州大学名誉教授・物理同窓会名誉顧問)
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                  *
         私が入学試験にかかわった初体験は、大学卒業後の京大副手
   ●●    時代、昭和24年3月の入試に駆り出された時である。この年
  ●※●   は、旧制大学がそれまでの旧制高等学校卒業生だけでなく、旧
   ●\§  制専門学校のほか陸軍士官学校や海軍兵学校など軍関係の学校
    ∞\  卒業生、さらに女子にも門戸を開いた年であったから、受験生
       は多彩を極めた。私は単なる監督要員だったのだが、物理学科
の受験生の中に旧制高校剣道部の先輩がいたのには驚いた。ただしその先輩は
合格しなかったので先輩後輩の逆転だけは免れた。その後昭和24年秋から3
6年まで広島大学在任中も、勤務地が広島市から列車で約2時間の距離にある
理論物理学研究所であったことから、入試には全く無関係であった。

  ところが昭和36年信州大学に勤務することになった途端、一転して入試は
毎年の重要な仕事になった。当時の信州大学はいわゆる二期校で、文理学部は
自学部の他医学部と農学部の入試を担当しており、入試科目も国語、社会、数
学、理科、外国語の五教科に亙っていた。

                   ● 国大協の依頼で問題作成委員に ●

 なにしろ物理学科の教官は4名しかいないから、近親者が受験するというよ
うな事情でもない限り、出題、採点、監督は免除されない。出題は夏休みに入
った頃から準備をはじめるのだが、高校教科書や指導要領も読まなければなら
ないし、十分吟味したつもりでも受験生や予備校からミスを指摘されはしない
かと、試験終了まで心の休まることがない。

 問題の印刷も、秘密保持のため市内の少年刑務所に出向くのだが、服役囚ば
かりの作業場の雰囲気は余りよくない。その上印刷機械がおんぼろで、印刷中
に活字が知らぬ間に抜け落ちていたりすることもしばしばある。何回も校正を
やり直すと作業場の空気は次第に険悪になってくるから、全く憂鬱な仕事であ
った。

 文理学部が改組されて理学部になってからはスタッフも増え、入試も全学の
教官が協力して行うことになったし、大阪で刑務所から入試問題が漏洩すると
いう事件があったのがきっかけで、問題印刷は東京の内閣印刷局で行われるこ
とになってから、刑務所入りはしなくて済むようになった。このころのことで
特に記憶に残っているのは、大学紛争のために東大入試が中止された昭和44
年の入試には極めて優秀な学生が集まったことである。ただしこれもこの年限
りの現象で、翌年からはいつもの二期校入試に逆戻りした。

  こういった昔風の大学入試が大きく変わる様相を見せ始めたのは、昭和50
年頃からである。当時の大学入試問題の中には、時として学習指導要領の範囲
を逸脱した難問や、クイズまがいの奇問が見受けられた。この傾向は特に自然
科学系専門教員の手薄な私立大学の場合に多かったのだが、国立も例外とは言
えなかった。このため文部省は、高校での授業の達成度を調べるのに適切な良
問を作成してこれを全国立大学に共通な第一次試験とし、各大学が独自に行う
二次試験と合わせて合否判定をするという、いわゆる共通一次試験制度を導入
することになった。

 この制度は、いわゆる○×式解答選択様式に対する批判や大学序列化の懸念
もあって、国立大学では大きな議論を呼び起こしたが、高校関係者の賛成と国
立大学協会による良質の問題作成の努力により、2年間の試行期間を経ていわ
ゆる共通一次試験の実施に踏み切った。

 これが今日の大学入試センターテストに繋がるものである。小生はたまたま
この試行テストの第2年目に国立大学協会の依頼で問題作成委員を依頼され、
引き続いて大学入試センターの発足とともに、問題作成や問題内容の検討等に
ついて、最終的には昭和63年までいろいろな形でこの制度に関って来た。こ
の間物理専門部会のベテラン委員長の指導のもとに行われた問題作成の過程に
おける綿密かつ周到な検討作業は、それまでの大学入試に対する小生の安易な
姿勢を反省させる貴重な経験となった。

                   ● 経済学部の一芸入試 ●

  入試ということになると、信州大学経済学部が先鞭を付けたいわゆる一芸入
試に言及しなければ片手落ちというものであろう。経済学部は昭和53年人文
学部から分離独立した、信州大学中で最も若い学部である。当時は共通一次試
験の実施により、受験生の大学選択行動が大きく変わりはじめていた。その結
果受験生が入試負担の重い国立大学を敬遠して私立大学に流れるという、いわ
ゆる国立大学離れが進み、多くの国立地方大学が入試倍率の低下と合格者の辞
退による定員割れという現象に直面していた。

 この点に危機感を抱いた経済学部はその対応策として、従来のような一次試
験と二次試験の総合得点による判定の他に、一次試験のみの上位者、二次試験
の小論文、英語、数学のうち一科目のみの上位者も合格させるという判定基準
を、昭和58年度入試から導入することを計画した。

 しかしながら学内ではこのドラスチックな案には入試方法としての妥当性に
ついて異論が強く、一方経済学部も学内入試委員会でその背後にある危機感の
説明と他学部説得の努力を十分したとは言えなかったため、入試委員会の議論
は紛糾し、論争は評議会まで持ち込まれた。当時図書館長として会議に列席し
ていた私の日記には次のようなメモが残っている、

『入試要綱の経済学部案に議論百出、決まらず。感想:ドラスチックな案を出
すならばそれなりの丁寧な説明をするべきだ。ただし学部がこれほど執着する
ならば、他学部も認めてやる度量を持ってもよさそうだ』

  ところが煮え切らぬ学内の議論にしびれを切らした経済学部の一部教官が、
大学の意志決定を待たずしてこの入試方法をマスコミに発表してしまった。そ
の結果この案は受験生にもマスコミにも大きな反響を呼び、極めて好意的に受
け入れられてたいへんな評判を博することになる。実際昭和58年度の入試で
の経済学部の倍率は、前年の1.6倍から一躍12.4倍に跳ね上がり、以後入試改
革の先鞭を付けた信州大学方式としてもてはやされる事になった。

  しかしながらこの選抜方法は、その実施を急ぐあまり、入学後の学生の教育
に関する重要な配慮が欠けていた。信州大学では新入生は1年間教養部に在籍
するのだが、その間に取得すべき単位数が、人文、社会、自然、外国語、体育
の各分野毎にそれぞれ規定されている。従来の試験では総合点による選抜だか
ら、合格者はみな平均的な能力を持っている。

 ところが一芸入試で入学した学生は、科目による得意・不得意の差が大きい
から、従来の教養部規定による進学判定では単位不足となり勝ちで、結果とし
てこの年度の経済学部は例年に無い多数の留年生を産み出すこととなった。こ
の問題は意地悪いマスコミ週刊誌に取り上げられ、学生の救済策やそのための
規定の改正を巡って経済学部と教養部との間にいろいろな波紋を呼び起こした。

  こうした曲折を辿りながら、共通一次試験もその後大学入試センターテスト
と名を変えて現在まで続いている。国公立大学以外に私立大学も参加するよう
になって、センター試験の利用法も多様になるとともに、偏差値による受験生
の輪切りや、受験産業の肥大化とそれに依存する高校の進学指導力の低下、適
性よりも成績による志望校決定に見られる受験生の自主性の喪失等、種々の弊
害も目立つようになっている。

 少子化による大学全入時代が到来しつつある今日でも、
入学試験は受験生にとっても大学にとっても大きな悩みの       vvv
一つであることに変わりはないだろう。それぞれの大学の   vvv (  )
独自性を尊重して入試の思い切った自由化を許すなど、受   ( ) ~|~
験戦争という日本的な現象の抱える問題の解決に向けて、    ~|~  | /
抜本的な方策を考えるべき時ではないだろうか。          |/\|/   

(文中の肩書は当時のもので、敬称は省略いたします。)   (以下次号)
                
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  ■ 「みすず刈る信濃の空に」 ■
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      小林 善哉(理学2S/電子研究室・広島市立美鈴か丘高等学校) 
----------------------------------------------------------------------
  ●     同窓生の皆さん、こんにちは。2Sの小林といいます。今回
  ( ̄)    初めて投稿いたします。私は、現在、広島市立美鈴が丘高等学
\( ̄ ̄)/     校で物理を教えていますが、朝夕の通勤途上、習慣にしている
 | ̄▽ ̄|     ことがあります。それは、思誠寮寮歌を聴くことです。車の中
  ̄ ̄ ̄ ̄   で、欠かさず毎日聴いています。朝、「今日もがんばるぞー」
と奮い立たせるのが寮歌であり、無事に仕事を終え安堵の気持ちで家路につく
のも寮歌です。

 このように一日の始まりと終わりを寮歌で区切りをつけています。これら松
高の諸先輩が作詞・作曲した寮歌を聴くとき、彼らの若き日の心情が心に沁み
わたってきます。

 歌の中にも、アルプ、槍、穂高、乗鞍、白馬、王ヶ鼻、筑摩、鉢伏、女鳥羽
など懐かしい地名が出てきて、私の松本での学生生活と重なり、友・恩師・山
々と次々に思い出されてくるのです。そして、今、つくづく思います。我々は
なんと恵まれた環境に育まれてきたのだろうと。

 私が大学に入学したのは、1967年(昭和42年)。当時、文理学部や人文学部
が県にあり、松本高校の校舎はそのまま使われていました。そして、松本の町
にも松高時代の余韻を感じさせるものがまだ幾分残っていました。時代を少し
遡れば、松高生が県の校舎で勉学に励み、女鳥羽川に沿って縄手通りを歩き、
鶴林堂や青翰堂で本をあさっていたのです。

 そして、松高生が去った後、彼らが眺めた山々を我々が眺め、彼らが歩いた
市街を我々も歩き、青春の日々を過ごしたのです。松高生とは時間の隔たりが
ありますが、同じ土地でかけがえのない青春時代を送ったという共通点があり、
寮歌を通して強い親近感が感じられてくるのです。

            ※      ※            ※ 

 思誠寮の寮歌は60編以上あり、これまでに私が聴いたのはその一部にすぎ
ませんが、その歌詞は、彼らにいかに高い漢文・古文の素養があったかを感じ
させるものとなっています。歌を聴いただけでは、意味を理解することができ
ない難解な箇所が随所にあります。(わざと難しいことばを使ってみたい年頃
だったのかもしれませんが、それだけの素養がなければできないことです)私
の場合、歌詞をよく理解しないまま、メロディーに流されてきたように思いま
す。 

 我々は、松高生が青春を謳歌していたことばかりに目が向きますが、寮歌の
中には「青春讃歌」だけでなく、次のような、彼らの苦悩と覚悟を表すものが
あることに気づきました。これは寮歌「遠征」(昭和19年)の一節です。

           みすず刈る信濃の空に

           若き日の真実(まこと)求めし

           今はしも萬里の天に

           焔なす運命(さだめ)描けや

           遠征の空ゆ果たて

           魂と呼ぶは君が名       

 私は、これほど切々とした哀切の気持ちを詠いあげた寮歌を知りません。戦
況の悪化とともに、徴兵年齢が引き下げられ、松高生にも学徒出陣で戦地に赴
く者が出たようです。その結果、百数十名もの戦死者を出すことになり、内1
名は特攻隊による戦死とのことです。(注)十代で死を覚悟しなければならな
かった、彼らの心情はどんなものだったのでしょう。

「みすず刈る信濃の空に 若き日の真実(まこと)求めし」

 澄みわたった信州の青空のもと、もっともっと勉学に励みたかったに違いあ
りません。その思いとは反対に、その天空で身を炎と化さねばならない・・・。
彼らのその気持ちを思うとき、意味をよく理解しないままこの歌を聴いてきた
ことに申し訳なさを痛感しました。この歌詞のことばの重みと、当時彼らが置
かれていた状況を考えるとき、「松高生も我々も気持ちは同じだ」などと、軽
々しく言ってはならないと思いました。

「では、松高と信州大学はつながっていないのか」、と尋ねられそうです。松
高最後の卒業生に与えられた卒業証書には、「信州大学松本高等学校」となっ
ていたという珍事からすれば、つながっていると言えなくもありません。

 しかし、松本高校は当時の超エリート校で、信州大学と同列に置くのはどう
かと言われる方もいることでしょう。確かに学制の面からだけ言えば、前身と
はいえ完全に別の学校です。しかし、信州の大自然に囲まれ、松本という同じ
町で青春を過ごしたという、共通の体験と思い出があり、彼らの歌声が今スト
レートに我々の胸に響いてくるという事実。そして、今なお青春の地に郷愁を
感じているという点で、精神的に相通じるものがある、と私は思います。 

(注)旧制高校記念館の展示によれば、特攻隊による戦死者は、松高出身(22
回理乙)で、東大農学部在学中に海軍に志願した福元猛寛海軍大尉

 
            ※      ※            ※
 
【余談1】 

1年程前、同期生の岡田菊夫君が、松高同窓会が作成した「松本高等学校寮歌
集」第一輯(1968年)、第二輯(1970年)のレコード盤がネットオークションに
出されているのを発見し、落札・入手したのです。なにしろ40年も前の古いレ
コード盤なので、特殊なクリーニングを施す必要がありました。その結果、多
少の雑音はあるものの十分聴くことができる状態に回復しました。今、そのレ
コードのコピー(CD)が私の手元にあるというわけです。

【余談2】 

NHKラジオに「ラジオ深夜便」という番組があります。9月に、その番組の「な
いとエッセー」で、声楽家で二期会会員の長野安恒氏が松高の寮歌について話
しておられるのを偶然聞きました。氏は、「春寂寥」は寮歌の傑作であると話
され、自ら番組の中で歌われました。そして、松高の寮歌には秀作が多こと、
旧制高校に関する貴重な資料が信州大学によって収集・保存されていると話し
ておられました。私は、「春寂寥」がラジオから流れるのを初めて聴き大変感
動しました。同期生の仲間にも聴かせたいと思い、早速、NHKに問い合わせて
みたのですが、再放送の予定はない、との残念な回答でした。

しかし、11月10日深夜、同じ番組を聴いていたら、なんと、「ないとエッ
セー」の再放送が行われるではありませんか!私は、全く偶然に「春寂寥」を
再び聴くことができました。

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  ■ アメリカ横断自転車旅行 ■
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                川田 達(理学05S・磁性実験研究室在籍)
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 (・>     今年の夏休み、数年来の夢だった自転車でのアメリカ横断をし
 /彡))    てきました。総走行距離6000kmの旅はこれまで経験したことのな
/ /      い事の連続でした。キャンプ場所を探して夜中まで走ったり、次
/"?k_       の町まで他に道がなかったため高速道路を走っていると警察に捕
      まったり。モハベ砂漠では最高気温が48度に達し、ロッキー山脈
では標高3000mまで登ったりもしました。まずは何故このような旅に出発した
かを説明したいと思います。

 元々、自転車旅行に興味を持ったのはアメリカを自転車で横断されたある人
のホームページを見たのがきっかけでした。このホームページを見て「俺も行
ってみたい!」と思ったのですが、さすがにいきなりアメリカというわけには
いきません。そこで県内や地元の四国などでちょっとした自転車の旅を始めま
した。そして残りの学生生活も少なくなってきた今、やるなら今年の夏しかな
いと思い決行に至りました。

                           ※

 そうして出発した旅は様々なトラブル、出会い、感動がありました。ここか
らは旅の間つけていた日記から少しずつ抜粋していきたいと思います。

  ▼ 8月13日:ついにアメリカに着いた。日本から持ってきた自転車は壊れ
        た個所もなく大丈夫みたいだ。観光もしたいので今日、明日
        はLAに滞在し、明後日出発することにする。宿で会った人に
        よるとアメリカでは赤信号でも右折可能らしい。この2日間
        で交通ルールを覚える必要がありそうだ。

  ▼ 8月17日:LAを出て3日。周りにはひたすら砂漠が広がる。木陰が全く
        無いうえに、最高気温は45度を超える。更に町と町の間隔が
        日本では考えられない程あいている。今日は29Palmsから
        Vidaljunctionまで160kmの間1軒の店も無い。自転車には10
        リットルの水を積んだが、きれいに飲み干してしまった。

  ▼ 8月20日:ラスベガス。常に町のどこかでイベントやショーが行われ、
        夜には無数のネオンが灯る。まさにアメリカを象徴するよう
        な町。それにしてもカジノでいい勉強代を払ってしまった。

  ▼ 8月25日:この日はガソリンスタンドで野宿。夜10時にある若者に起こ
        される。彼は「Do you want coca ?」と話しかけてきた。最
        初はコーラかと思ったが、彼の鼻で吸う仕草を見てコカイン
        だと分かった。断ってテントに引っ込んだが、この日は1晩
        中物音に怯えた。

  ▼ 8月26日:野宿場所を探していると、ある家族連れのインディアンの人
        に話しかけられる。旅の話をすると「うちに来なよ」と誘わ
        れる。ほいほいとついていき、この日はKeithさん宅に泊ま
        らせてもらった。夕食、朝食までご馳走になったうえに、別
        れ際にはナバホ族のネックレスまで頂いた。次の日、心から
        のお礼を言って出発した。

  ▼ 8月29日:ロッキー山脈に入ってから連日の山越えで体が悲鳴を上げて
        いる。今日は早めに切り上げることにして、ガソリンスタン
        ドでテントをはろうとしているとある夫婦に話しかけられる。
        そして家に泊まっていけと言う。この前のKeithさんといい
        今日のCarolさんといい、本当に感謝。

  ▼ 8月30日:ひたすら登りが続く。頂上らしきところには反対方向から来
        た自転車乗りがいた。彼の持ってるGPSは標高3152mと表示し
        ていた。

  ▼ 9月4日:もう4日間地平線に向かってこいでいる。広すぎるぞ、グレー
        トプレーンズ。

  ▼ 9月8日:ミズーリ州に入ってから上りか下りしかない。無限地獄。

  ▼ 9月10日:久しぶりの大都市セントルイス。宿に“早朝夜間は危険なの
        で外出注意“とあった。おとなしくしていることにした。

  ▼ 9月17日:Parkersburgを出て50kmほど行った所で変速機が壊れる。仕
        方ないのでヒッチハイクしてParkersburgに戻る。

  ▼ 9月25日:ついにNewYorkにゴール。荷物満載の自転車で摩天楼を走る。
        達成感と安堵感、そのどちらもがこれまでの人生で一番のも
        のだ。

 アメリカに行かなければ出会わなかった人、出会わなかった景色、体験でき
なかった事、全てが素晴らしい思い出です。最後に帰国後Carolさんから届いた
メールを紹介したいと思います。

 “ Toru, It is great to hear from you. We are so glad that your
  safe and back in Japan.

 We have thought about you often and worried so. We enjoyed meeting
 you and sharing laughs, fun and meals. Thank you so much for a
 wonderful experience of meeting you.

 We wish you the best in college and our home is always open to you
 and your family.

 You take care.

  Pat and Carol “

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        ■ 近況そして物理教育の研究について ■ 
----------------------------------------------------------------------
      渡辺 規夫(理学4S/素粒子論研究室・長野県上田東高等学校)
----------------------------------------------------------------------
    ◎当会のメーリングリストでご案内したように、去る12月21日、名誉
    顧問の宮地先生、根建会長、武田学部長にもご参加いただき「信州大
    学物理同窓会の忘年会」を松本市内の料亭で開催しました。そのさい
    上田在住の渡辺規夫さんから以下のような出席状をいただきました。
---------------------------------------------------------------------- 
         信大物理同窓会忘年会の案内ありがとうございます。いつ
  / ̄ ̄/    もご無沙汰しております。今回、参加させていただきたいと
 / ◆ /~~~/   思いますので、よろしくお願いします。宮地先生、武田学部
 /    /◇ /    長にお会いできるのが楽しみです。
 ~~~/~   /      
  ~~~~~      私は現在長野県の上田東高校の教頭として定年まであとわ   
             ずかの期間ですが、力を尽くして頑張っています。
        
 最近の私は物理とはかなり縁遠くなってしまいました。高校で長年物理教育
に情熱を燃やし、自分としてはかなり成果を挙げたように思っています。が、
教頭になってしまったため、物理教育の研究の時間が思うようにならず、研究
はなかなか進みません。最近はどの学校も絶えず苦情が寄せられるようになっ
てしまい、教頭がそれに対処する担当者ですので、なかなか大変です。

 私は10年ほど前、ハンガリーで開かれた国際物理教育学会で仮説実験授業
について発表しました。その頃が私の物理教育研究のピークだったのかと今に
して思います。その後物理教育の研究は細々と続けてきましたが、今年信大理
学部での理科基礎実験講座で話をするように依頼され、久々に勉強して講義し
ています。久々の授業の楽しさを再確認しているところです。

 私は平成22年3月31日をもって定年退職で、その後再任用で再度教壇に
立つことを楽しみにしています。何が楽しいと言って授業くらいたのしいこと
はあまりないように思います。

 しかし、今回声がかかった信大での講義も(これも授業の一種)今後も声が
かかればやりたいと思っています。やりたい一番の理由は、やはり私が長年理
科教育を研究してきた成果を学生さんや、現職の先生たちに是非伝えたいとい
うことです。

 私は仮説実験授業というちょっと変わった授業をとことん研究してきました
ので、そのことに関する限りはそれなりの権威であることを自負しています。
また、それによって教員人生が楽しくなりました。現在調査によると高校の理
科の教員の9割は自分の授業が生徒に嫌われていると思っているそうです。

 そういう中で授業するのはつらいことだろうと思います。しかし、高校の理
科の先生の約1割は自分の授業が生徒に好かれていると感じています。教育政
策はこういう1割の授業がうまくいっている先生のまねをするにはどうしたら
いいかを考えるべきだと思うのですが・・・。

 長くなってしまいました。また、当日いろいろお話できることを楽しみにし
ております。

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    ■ 退 職 に 際 し て ■
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                美谷島 實(文理15・信州大学特任教授)  
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    ◎2009年3月をもって退職された美谷島先生は、信大文理のご卒業で
    もあります。現在、特任教授としてひきつづき教鞭をとられています。
    これまでを振り返っていただき、執筆されたこの原稿は「理学部同窓
    会報14号」に掲載されましたが、今回、ここに再掲載いたします。
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 私は、この3月末日で全学教育機構の教員(但し、工         ☆ 
学系研究科及び総合工学系研究科を兼担)として信州大       /
学に32年間勤務して定年退職しました。専攻は、物理学    /\┌─┐
(理論物理学:素粒子論)です。             (~~/│~~│
                             //~'  丶ノ
      ▲▼ 20歳代の略歴 ▼▲          く   _||_

 私の 20歳代の略歴は以下の通りです:昭和42年(19
67)に信州大学文理学部を卒業して、昭和47年(1972)に東京教育大学理学研
究科修了と同時に学位を取得しました。4月から45日間の日本学術振興会の特
別奨励研究員を経て、神戸学院大学薬学部の助手に採用されて関西へ移動しま
した。勤務地は神戸市と明石市の境界線上でしたが、住む処は大阪府池田市石
橋にしました。

 薬学部で物理学の研究は、無理があるという管理職の方々の理解もあって大
阪大学基礎工学部の共通講座の研究生(高木・川口研)になりました。関西に
5年間住みして、その間に武田薬品の研究所あるいは他の大阪・岐阜の薬品会
社の研究所を訪問しました。他方、阪大では伏見康治先生の退官記念講演、メ
スバーワーの講演、吉川幸次郎氏の漢詩の講演等を聞きました。後年吃驚した
ことは、基礎工学部の望月和子先生(「量子力学の担当」)が、阪大退職後信
大理学部の教授に赴任されたことです。毎年基礎工の廊下の黒板に、量子力学
の試験成績が張り出されていたことが強く印象にあり、松本で先生と話題にし
ました。

 昭和52年(1977)に信州大学教養部の専任講師に採用され、松本市へ移りま
した。この時、阪大で経験したような「昼飯を食べながら物理の議論をして研
究を進めることは不可能なので、SLACやCERNの研究者のやらない或いは流行で
ない研究課題を選ぶ。そのために何が必要か」を真剣に考えました。量子光学
の進展を参考にしながら「素粒子(中間子及び陽子)の干渉学」を選びました。
信大で作成した論文も研究者仲間に評価されたので、海外研究を考えました。

 幾つかの財団へ応募して、昭和57年にロート製薬が関係する山田科学振興財
団の援助が得られました。選んだ場所は西ドイツ(当時は東西ドイツが存在)
のフランクフルトの北約100kmにある大学街のマールブル大学です。訪問先は、
マールブル城のすぐ下にある物理学の研究所でした。此処に同じような研究課
題を調べているグループ(Weiner(ワイナー)教授)が居たことが主な理由で
す。グリム兄弟が学んだ大学、或いは1912年に大陸移動説を提唱したウエゲナ
ーが私講師(ドイツの独特な大学教員制度)をしていた大学というのは、全く
の偶然です。

 此処で、素粒子の衝突現象を記述するには、確率的な手法が有効であること
を見つけて論文にしました。また陽子干渉学の計算の為に、パンチカードを持
って、街中の大学本部に有った計算センターへ通いました。帰国後、マールブ
ルク大学の「科学研究者」という職名で2度招聴されました。1990年には、
Weiner教授を、日本学術振興会の枠で信大へお呼びして、日本各地へ案内しま
した。

 教養部時代に、経験したエピソードと言えば、モスクワのレベデフ研究所の
Dremin教授が、東京から電話一本で松本へ来たことです。彼の訪問は、その後
「旧ソ連邦の崩壊後のロシアの科学者を経済的に援助しようとする支援事業」
(伏見委員長)からの支援研究へと発展しました。(物理学会誌(2009年4月
号)伏見康治特集号の小沼通二氏の記事参照。信大のことも引用されています。)

      ▲▼ 信州大学教養部の廃止 ▼▲

 その後、日本の大学を取り巻く雰囲気は段々怪しくなって来まして、1991年
に大学教育の改善に向けた「設置基準の大綱化」(学士教育課程の編成の自由
化)が決まり、最終的には1995年教養部は廃止されました。私は、理学部物理
学教室に配属されて11年間(1995〜2006年3月)過ごしました。

 この間に経験した研究者交流と言えば、Wolschin博士(ハイデルベルグ大学)
の来日です。2002年フランスのNante(ナント)のQMO2(重イオン国際会議)
から帰国して暫くしたら、大学本部へ電話だかメールが来た様でした。段々分
ったことは、私がNanteで発表した論文をWolschin本人でなく彼の知人か誰か
が見て、Georg(Wolschin博士のこと)へ「確率過程論のアイデアでRHICのデ
ータを解析した人間がいる」と連絡した様でした。

 それからが大変で、DAADの締め切りは過ぎていたのですが、訪日の推薦状が
欲しいと言うので認めたら、平成17年(2005)2月来日が実現しました。彼に
は、「確率過程論への贔屓の引き倒し」の面もありましたが、最近はドイツの
科研費を獲得して、ボスドクを雇い、世界中の関連する会議に出席しています。
丁度、彼の滞在中Higgs粒子検出のS/N(信号/雑音)比の研究を一緒にした
同僚の寺澤修さん(年が近いので何時も「さん」と呼んでいました)が在職中
に亡くなられたことは、大層残念でした。

 この2005年には、世界物理年2005(1905年のEinsteinの有名な3論文発表を
記念)に合わせて、教室の公開講座(市民の方々から受講料を頂く)開催と長
野県下の高校との連携講座開催の事業(放送大学支援)がありました。文理学
部・理学部物理学科の同窓の方々からの多大なご協力を得ました。他方現場の
高校の先生方といろいろな交渉が必要になり、良い勉強になりました。

      ▲▼ ノートを取らない学生諸君 ▼▲

 10数年間理学部物理科学科の「電磁気学」の講義を持っていて、気になった
ことがあります。講義は、全員を満足させることはできませんので、平均的な
学力の学生諸君に合わせ、試験等で理解力・計算力を判断します。処が、数年
前から講義への欠席の割合が多くなり、出席してもノートを取らない学生諸君
が増えました。板書をそのまま写す必要は無いですが、要点を理解してメモす
る訓練及び日々の復習は、多くの学生諸君にとって生涯必要なことと思います。

 平成16年(2004)の国立大学の法人化という制度変更を経て、信大に全学教
育機構が設置されました。平成18年(2006)4月に、理学部から全学教育機構
へ移り、機構の立ち上げの運営の仕事(基幹教育センター長、副機構長)及び
主に1年生の物理教育に取り組みました。大学院研究科の方は、そのままでし
たので、修士課程の学生諸君及び博士課程の諸君との輪講・研究は続きました。

 大学の使命の一つに社会貢献が加えられたので、「2005世界物理年の事業」
実施を踏まえて、此処3年間、科学技術振興機構の援助と化学科の石川厚先生
及び多くの物理・化学の学生・院生諸君の協力で SPP(Scientific Partner
ship Project)事業にも取り組んできました。ある程度大学入試に役立つ、し
かし高校の授業では出来ない実験テーマを選ぶのは、理科の勉強(時々中学と
高校の教科書を眺める)が必要でした。

 因みに、今年のセンター試験の物理は箔検電器の問題で、昨年の私たちのSP
P事業の物理実験の一つは、箔検電器を用いた光電効果の実験でした。摩擦電
気で正電荷を蓄えるのは多少難しいので、クラスで2度の演示実験をしました。
今になっては高校生一人一人にさせるべきだったと反省しています。(原因は、
小道具を整える労と時間を惜しんだ結果です。)

 最後に、これらの中高大連携事業の遂行には、理学部同窓会からのご支援が
ありましたことを報告かたがた感謝申し上げます。
                          (平成21年8月記す)

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 ┃事┃業┃仕┃分┃け ┃信┃大┃に┃も┃重┃大┃な┃影┃響 
 ┗━┗━┗━┗━┗━ ┗━┗━┗━┗━┗━┗━┗━┗━┗━        
    ◎11月下旬に開催された、政府の行政刷新会議による「事業仕分け」
    によって科学技術関連予算が削減されることとなりましたが、信州大
    学でも工学部、繊維学部の産官学プロジェクトを中心に「廃止」が続
    出。これに対して、信州大学側の反発や撤回の要望が相次ぎました。
    以下に、信濃毎日新聞WEB版よりそうした記事の2本をご紹介します。
    一方、小泉内閣から続いた「交付金の毎年1%削減」も廃止されたた
    め、理学部としては経営の状況が改善されることにもなるそうです。
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■ 信大7・3億円配分減に 事業仕分け 影響懸念を表明       12月1日(火)

  政府の行政刷新会議の事業仕分けで、科学技術や産学官連携関連の事業予
 算について「廃止」「予算削減」などの判定が相次いだのを受け、信大は3
 0日、松本市の本部で記者会見を開き、仕分け通りの見直しが行われた場合、
 少なくとも7億3千万円以上の研究費などが削減されるとの見通しを明らか
 にした。

  山沢清人学長は会見で「科学技術で地域活性化を支援するのが信大の責務。
 技術立国日本を支える人材育成の義務もある。(仕分け結果の)予算編成へ
 の反映を見過ごすわけにはいかない」と訴えた。

  信大は、事業仕分けの結果、計23事業(事業費計約21億円余)に悪影
 響が出ると主張。「廃止」とされたのは「工学広域化ナノカーボン最先端開
 発拠点形成プログラム」など8事業で、ファイバー工学の教育研究事業など
 の15事業が「予算削減」や「見直し」などの対象となっている。

  これらの事業費から人件費を捻出(ねんしゅつ)する研究員や事務職員6
 4人の雇用にも影響するという。

  信大は今後、事業を共同で提案している県や、同様の立場にある大学、自
 治体と連携し、事業継続の必要性などを国に働き掛けていくとしている。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■ 信大学長ら、科学技術振興や産学官事業の継続要請        12月4日(金)

  信大の山沢清人学長は3日、文部科学省を訪ね、政府の行政刷新会議によ
 る事業仕分けで「廃止」や「予算削減」と判定された科学技術振興や産学官
 連携事業の継続を後藤斎政務官らに要請した。また、信大工学部、繊維学部
 を含む全国の国公立大工学系学部長53人は同日、連名で「日本の将来を深
 く憂慮せざるを得ない」と予算削減の再考を求める緊急宣言を発表した。

  文科省への申し入れで山沢学長は、産学官連携事業などについて「地方大
 学の優れた研究者が核になって地域や日本の産業活性化につなげるプログラ
 ム。推進してほしい」と求めた。この日は国会内で広野允士民主党副幹事長
 にも要望。同行した遠藤守信・工学部教授は「産学官がしっかりと成果を上
 げれば力強い地域ができる」と訴えた。

  事業仕分けでは、遠藤教授らが中心となり、超微細な炭素素材「ナノカー
 ボン」の応用を探る研究への支援などが「廃止」と判定されている。後藤政
 務官は「途中経過でありイエスかノーかは言えないが、趣旨は理解している」
 と応じた。

  一方、国公立大の工学系学部長53人と、世界最高水準の教育研究拠点づ
 くりを目指す同省の「グローバルCOEプログラム」に採択されている大学
 の研究責任者ら140人は同日、事業仕分けの結果に異議を唱える緊急宣言
 や共同声明をそれぞれ発表した。

  信大は繊維学部が同プログラムの拠点に選ばれているが、仕分けでは縮減
 対象とされた。共同宣言に加わった平井利博・同学部長は「一度走り始めた
 プロジェクトの方針を簡単に変えられては、計画的に研究を進められなくな
 る」と強調している。

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  ┏━┏━┏━┏━┏━┏━┏━┏━┏━┏━┏━ ┏━┏━┏━
   ┃大┃塚┃直┃彦┃の┃ウ┃ィ┃ー┃ン┃便┃り ┃第┃3┃回
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  ◎ウィ−ンの日本食事情
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              大塚 直彦(理学24S/国際原子力機関・IAEA勤務)
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 原稿の最終依頼をいただいたのがたまたま帰国休暇と重なり、締切に間に合
わせるべくウィーンに戻る機中からこれを書いています。

 今回は普段のウィーンでの自炊について書いてみたいと思います。信大では
旭会館の食堂でカレーライスのコロッケ乗せが定番という具合で、自分では余
り食べ物にこだわる方だと思っていません。ただ、海外では和食が良い気分転
換になるだろうと思っていますので、いかに安価に和食の食材を調達するか自
分なりに工夫を凝らしています。             (25DEC.2009)

  ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   ■ 国連のビルにあるコミッサリと呼ばれる購買部
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     o     ウィーンには日本人が3000人ほど住んでいることもあり、
   ⊂二二⊃   ナッシュマルクトという市場のそばには「日本屋」という店
  ⊂|   |⊃  があります。
   |___|    
   ()()()()()   そのため小屋泊まりのやや本格的なハイキングをやろうとす
        ると、ゆとりを持って行動するためにも前夜には麓について
置くことが肝要です。

 ここは近藤さんという方が古くから経営しておられるお店で、袋菓子や乾物
はもちろん納豆、こんにゃく、豆腐など品揃え豊かです。ただ、運送やオース
トリア向けのラベルの貼付など手間がかかるようで、価格が日本の2倍あるい
はそれ以上というのが難点です。

 国連のビルの中にはコミッサリと呼ばれる購買部があり、そこにも日本食材
があると聞きつけて出かけてみましたが、それらは日本屋から卸されたもので
大して安くなっていません。街中の韓国食材店にも納豆などかなり日本食材が
ありますが、そこまで出かけるのが面倒だということで結局コミッサリ頼りに
なってます。

 ただ、日本の食材を何でもかんでもコミッサリで調達しては高くつきます。
お米も日本米(カリフォルニア米、イタリア産こしひかりなど)は高いので、
何とか安上がりにならないかアジア系の安い米を試しに買ってみました。しか
し、これは古かったのか臭くて食べられたものではありませんでした。

 最後は日本人の美容師さんに勧められて、イタリア産のRundkornというのを
買い始め、これに落ち着きました。これはスーパーで簡単に入手できて1 kg
1ユーロ(130円ほど)です。残念ながら味はカリフォルニア米などに比べるとか
なり劣ります。(アメリカ在住の人は余りお米には困っていないかも知れませ
んね。)知人にはMilchreis(牛乳米)というのが良いという人もいました。こ
れは子供のおやつとなる甘くて冷たい牛乳のおかゆの原料で、スーパーではチ
ョコレート味、バニラ味などプリンのように売られています。デザートとして
はおいしいのですが、このお米を炊いてみたことはありません。

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   ■ 冷凍納豆を時々買っています
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 日本から運べるもの(特に重いもの)は極力日本から運びます。

 最初に帰国したのは赴任した昨年の夏でしたが、夏はそばが旨かろうと木曽
の開田から干そばを4箱取り寄せまして、これを大量の梅干、日本酒とともに
持ち帰りました。そして、今回はお米20 kgに干うどんを6kg、それにみりん1
リットルです。今朝、空港でトランクを計量してもらったら49kgになりました
が、これくらいが僕一人でなんとか運ぶことができる重量の上限のようです。
今朝も両親の助けを得て何とか空港行バス乗り場まで運びました。

 このようにしてもなお当地で調達せざるを得ないのが納豆とみりんです。海
外在住者向けに納豆を作る粉末も売られているようですが、消毒など面倒も多
そうなので、冷凍納豆を時々沢山買っています。納豆は冷凍に向いた食品で、
解凍すれば全く普通に食べられます。

 みりんは醤油やかつおぶしとともにだしを取るのに必須で、醤油は現地のス
ーパーでも調達、かつおぶしは送ってもらうとして、みりんだけはコミッサリ
で購入ということにしています。そういえば、料理酒も紙パック入りの安酒を
現地調達していました。コミッサリには誰が選んだのか日本酒は「賀茂鶴」で
すので、料理に適した紙パック入り「鬼ごろし」を日本屋で買っています。

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   ■ 山梨名物のほうとうを手作り
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 僕は麺類も好きなのですが、いつも乾麺では少々物足りません。ただ生麺は
手に入りませんし、そばやうどんを打つ腕もありません。それで、最近目を付
けたのが山梨名物のほうとうです。ブラチスラバに住む友人がご馳走してくれ
たのが気にいりまして、ウィーンに帰る途中で早速小麦粉を買い求めて試作し
ました。

 中力粉をその半分のかさの水とこねれば意外と簡単に作ることができます。
(中力粉がなければ薄力粉と強力粉を1:1で混ぜれば良い。)うどんを打つ
時には恐ろしく大量の塩を使うそうですが、ほうとう作りではごく少量の塩を
水に溶いて使うのみですから、そのまま鍋でほかの具材とともに煮てしまうこ
とができます。

 最初は粉をこねるのになかなかに力がいりますが、段々と表面につやが出て
くると、この作業も楽しくなってきます。寝かしたり足で踏んだり、とうどん
打ちのようにする人もいるようです。具材は根菜と白菜それに肉といったとこ
ろでしょうか。ウィーンではかぼちゃはHokkaidoという日本風のものが手に入
り、それ以外の根菜や白菜、それに肉も日本より味が濃くておいしいので、結
果として本場山梨にも劣らぬ旨いほうとうがウィーンでできあがります。

 今回、実家でほうとう打ちをして見せたところ家族にも大変に評判でした。
これからの寒い冬にふさわしい一品ですので、ぜひ皆さんもお試しください。


 さて、あと1時間少しでフランクフルトに到着という機内放送が入りました。
昨日はオーストリア・ドイツ・ポーランドなど寒波で死者が出たとかで、ウィ
ーンも朝方は氷点下10度ほどまで冷え込んだそうです。どてら姿で髪を凍らせ
つつ浅間温泉を往復して鍛えた体ですので、氷点下10度といってもたいしてび
びりませんが、ドナウ川が結氷しているかどうかちょっと気になるところです。

 それでは、みなさまどうぞ良いお年をお迎えください。

 ●『OB/OG』第6回→( http://www.supaa.com/kikou/otsuka01.html )

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 <再掲>■「同窓会費」は終身会費として1万円。『会計細則』決まる!■
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 1.同窓会費は終身会費として1万円とする。一括払いを原則とするが、本
 人からの申し出があった場合は事務局長が分割払いを認めることができる。

 2.事務局長名で金融機関に同窓会の口座を設ける。事務局長が通帳・印鑑
 を 管理する。会計担当がカードを管理して口座からの出し入れなどを行う。
 
 3.在校生からの同窓会費徴収は、事務局が徴収日を決めて実施する。徴収
 後、在校生の会費支払い者リストは、すみやかに会長ほか、会計担当および
 関連事務局員に伝達する。

 4.金融機関への振込み手数料は会員の負担とする。

 5.会計担当は、年1回開催する総会を利用したり、メールで呼びかけたり
 して、 卒業生からの会費徴収に勤める。

 6.毎年開催の同窓会総会における参加費の徴集など会計管理については、
 その年の幹事が担当し、事務局が補佐する。必要経費は事務局から事前に仮
 払いのかたちで支出できる。幹事は開催後しかるべく早く収支を事務局に報
 告し清算する。 

 7.会計年度を4月から翌年3月とする。           ┳ξ
 会計はすみやかに決算報告を作成                  ●●●
 して会計監査担当から監査を受ける。               ●●
                                                  ●
 8.本細則の改正は総会で行う。
            ┏━┳━┳━┳━┓
 ▼下記いずれかの口座に┃同┃窓┃会┃費┃のお振込みをお願いします!
            ┗━┻━┻━┻━┛
 ------------------------------------------------------------------
  ◆郵便局の場合/通常郵便貯金 
  記号:11150 番号:20343411
  口座名義:信大物理同窓会 代表者 武田三男(たけだみつお)
  住所:390-8621 松本市旭3-1-1

  ◆銀行の場合/八十二銀行 信州大学前支店
  店番号:421 普通預金 口座番号:650215  
  口座名義:信大物理同窓会 代表者 武田三男(たけだみつお)
  住所:390-8621 松本市旭3-1-1
           
 ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄ ◎編集後記◎/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄/ ̄

       ●--ことしも残りわずかとなりました。振り返って、在学生と
  /\ ☆  の交流がわずかでも広がったことはよかったと思います。10月
 │○│    21日の太平さんの講議に合わせて旭会館で「学年幹事・研究室
 │ │     幹事懇親会」を開きましたが、大勢の学生・院生が来てくれま
/| |\   した。また、6階踊り場に物理同窓会の掲示板を設置すること
 ̄ ̄ ̄ ̄    もできました。学生諸君と同窓会の距離が縮まることを期待!
 ||||     ●--10月21日の懇親会で知り合ったのが、川田達さん。なんと
       アメリカ大陸を自転車で横断してきたというのです。さっそく
原稿を依頼して、今号に掲載することができました。若さとガッツに圧倒され
てしまいます。これからも、現役の学生さんからの投稿を促していきたい。
●--第1回の物理同窓会忘年会は、宮地先生を中心に中身の濃いお話を聞く事
ができました。先生からは、忘年会以外にも「暑気払いの会」はどうかとのご
提案を。さっそく来夏に検討いたします。皆さん、ご参加ください!  (MT)  
○--今年は21世紀の最初の10年が過ぎた節目の年だそうです。価値の多様
な転換が起こり世界の潮流が変わり始めました。我が国も「政権交代」して新
しい時代が始まりました。 
〇--今年の当同窓会の活動は、信大創立60周年記念行事に併せて総会を開催
した事と、SKYPEを利用して役員会議、会報の編集会議を定常化して活発に活
動した事です。
〇--関係メンバーが現状認識をリアルタイムで共有して、迅速に対応できるよ
うになりました。紆余曲折はありますが、「継続は力なり」と云いますので辛
抱強く続けるつもりでおります。
〇--年の瀬に1年を振り返った感想です。             (MM)  
===================================
■ MAILMAGAZINE BULLETIN 『信大物理同窓会報』0028号(2009年冬号) ■
□ 2009年12月28日  編集・発行/信大物理同窓会事務局
《編集委員》松原正樹(文理10)高藤惇(2S)太平博久(6S)岩田真(19S)
□編集長:高藤 惇 □ 発行人:根建 恭典

            ┌──┐  (http://www.supaa.com/)
             │\/│ (info@supaa.com/) (makoto@insatell.co.jp)
          └──┘     
            ___________________________________________________
      (C)信州大学物理同窓会事務局 無断複製・転載を禁ず
       ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


●「信州大学物理同窓会」事務局●

◎ご質問・ご連絡はメールまで